投稿再開と任意後見契約の勧め | 専門分野と弁護士費用の疑問に答えます
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投稿再開と任意後見契約の勧め

 約7か月間にわたって新規投稿を休んでいましたが,ようやく投稿を再開します。

 この間に何があったかと言いますと,今年2月に父が倒れ,救急搬送されて入院し,7月末になってようやく退院することができました。入院直後は,死を覚悟する程の重篤な状態に陥り,その後も,寝たきりで,せん妄状態も酷く(当時は回復不能な痴呆症かとも思いました),医師からは「回復しても寝たきりの状態を免れない」とも言われましたが,奇跡的とも思えるほどに回復しました。医師からは「最悪の状態で入院し,最高の状態で退院することができた」とまで言われたようです。今も自宅療養中で外出は控えていますが,食事や入浴もできるようになり,足取りはおぼつかないものの自力で歩行することができるまでに回復しました。

 私は,父が入院中の約5か月間,医学書や医療関係の文献を読み漁り,病状や治療方法を調べるという日々が続き,毎日のように見舞いに行っていたので,仕事を大幅に抑えていました。それでも時間が足りず,新規投稿をする余裕はありませんでした。そういった事情で新規投稿を休んでいました。

 父が大病で長期入院したことは不幸でしたが,それによって,医療・介護を初めとしていろいろな問題を勉強する機会を持ちました。また,身近な人々の思いやりや助けを受け,家族の絆も深まったことは,大変貴重な体験でした。

 実家のお隣さんは,父が退院して自宅に戻ってご挨拶に伺ったとき,泣いて喜んでくれたそうです。

 母は,ほぼ毎日,長時間見舞いに行っていましたが,父がせん妄状態のときも一生懸命に話しかけ,父のリハビリにも一生懸命手伝っていました。また,私は,ここ何年もの間,母と一緒に外出する機会はありませんでしたが,父の入院中は,母と一緒に電車に乗って見舞いに行くことも度々ありました。久しぶりに母と一緒に歩いていると,高齢のせいか,私が普通に歩くペースについてこられず,駅の階段を降りるときも,手すりにつかまって恐る恐るゆっくりと降りていましたが,一生懸命な様子でした。こんな健気な母の姿を見て,愛おしく思えました。

 弁護士の視点からすると,父の長期入院で痛感したのは,任意後見契約の重要性です。

任意後見契約の重要性

 任意後見契約というのは,本人が精神上の障害により事理弁識能力が不十分になったとき,本人に代わって任意後見人が本人の財産管理等を行うために,本人が正常な判断能力を有するうちにあらかじめ契約を締結しておくというものです。この任意後見契約は,法律(任意後見契約に関する法律)によって定められた制度で,公正証書による必要があり,契約締結後,本人の事理弁識能力が不十分になった場合に,家庭裁判所で任意後見監督人(任意後見人の後見事務を監督する者)が選任されたとき効力が生じます。任意後見人は,本人が自由に選ぶことができるので,身内や信頼できる弁護士などに任意後見人になってもらうことができます。

 この任意後見制度は,本人が長期間のせん妄状態に陥り,あるいは,痴呆症になって,十分な判断能力を失ったような場合に有効に機能します。このような場合,本人は判断能力を失っているため,自ら財産を管理処分することができません。また,身内が本人に代わってその財産を管理処分すること(預金引出しすら)もできません(法的に許されません)。そのため,本人が長期間にわたってせん妄状態に陥ったときや,痴呆症になってしまうと,本人の医療費などのためにその財産を使おうと思ってもそれが許されず,本人に財産があるにもかかわらず,何年にもわたってその財産を有効に使うことができず,金策に困ってしまうということにもなりかねません。そのような事態に備えて任意後見契約を締結しておけば,いざというときに後見人が本人に代わってその財産を管理処分することができるようになります。

 もちろん,任意後見契約を締結していなくても,本人が判断能力を失った後に,身内などが家庭裁判所に後見人選任の申立てをする制度(法定後見制度)も存在し,この制度を利用すれば,本人の財産を管理処分することができます。しかし,法定後見制度の場合,本人や身内が自由に後見人を選ぶことができず,裁判所によって,本人や身内と面識のない弁護士などが後見人に選任されるケースが多いといえます。

 まず,そもそも何の面識もない赤の他人が後見人になるというのは,心情的に嫌なものです。というのは,後見人は,後見事務を行うために,本人(被後見人)の財産状況から療養看護まで生活状況全般を把握する必要があります。本人や身内からすれば,このような生活状況全般を後見人に知られてしまうことになります。その後見人が赤の他人であれば,赤の他人から長期間にわたって私生活の核心部分まで覗き見られているようなもので,嫌な気分です。

 他方,任意後見の場合には,任意後見監督人の選任が必要になり,任意後見監督人には赤の他人が就任するケースが多いと思います。任意後見監督人も,任意後見人による後見事務を監督するために,本人(被後見人)の生活状況全般をある程度把握することになりますが,後見人ほど直接的に深く関与せず,後見人が財産の管理処分や療養看護を適正に行っている限り,これに干渉するようなことはないと思います。

 また,後見人が信頼できる人であればまだいいですが,法定後見の場合は必ずしもそうとは限りません。裁判所によって選任された後見人が本人の財産を横領したという事件も発生していますが,そのような場合でも,裁判所(国)が補償してくれるわけではありません。さらに,法定後見人には報酬が発生し,その報酬は本人の財産から支弁しなければなりませんが,その報酬額は,管理財産が5000万円以下の場合で月額3万円~4万円程度といわれており,さらに法定後見人が特別な事務をしたときは別途報酬が発生します。本人が痴呆症になったような場合は,法定後見は何年にも及ぶ可能性があり,そうなれば法定後見人の報酬も結構な金額になります。

 他方,任意後見の場合には,任意後見監督人の選任が必要になり,任意後見監督人にも報酬が発生しますが,その報酬額は,管理財産が5000万円以下の場合で月額1万円~2万円といわれており,法定後見人の報酬よりも低額です。また,任意後見人は身内が務めれば無報酬とすることも可能で,現にこのようにしている例が多いのではないかと思います。

 そうすると,任意後見の場合は,赤の他人に私生活を覗き見られるような状況にならないこと,信頼できる身内などに自己の財産管理を委ねられること,費用(報酬)が比較的少額で済むことなどから,法定後見よりも断然いいのではないかと思います。

 皆さんの中には,自分自身又は身内が亡くなった場合に備えて遺言書を作成し,あるいは遺言書作成を考えている方も多いのではないかと思います。もちろん遺言書作成も大切だとは思いますが,本人又は身内が亡くなった場合は,遺言書がなくても,相続人間の協議で遺産を管理処分することが可能です。しかし,本人又は身内が痴呆症などによって判断能力を失った場合は,その財産の管理処分が本人の意向に沿うものであっても,また,財産の管理処分について身内の意見が一致していても,長期間にわたってその財産を動かすことができないという事態にもなりかねません。その意味で,遺言書よりも任意後見契約のほうが重要であるともいえます。

 私は,今回,父が長期入院したことによって,つくづく任意後見契約の必要性を感じました。そこで,早速,両親との間で私を任意後見人とする任意後見契約を締結することにしました。

 ちなみに,本人が寝たきりの状態で外出して預金引出しなどをすることはできないが判断能力はしっかりしている場合,あるいは,判断能力の低下は見られるものの後見人を選任するほどではない場合に備え,一般の委任契約を締結して財産管理を身内に委ねることもできます。任意後見契約を締結する場合には,このような任意後見の前段階としての財産管理等委任契約と任意後見契約を同時に締結して公正証書を作成するという方法(移行型)もあります。私は,この移行型で公正証書を作成することにしました。

 公証役場には任意後見契約のひな型が用意されており,遺言書のように個別の事情に応じて内容に変更を加える必要はなく,ひな型をそのまま使用すればいいので,弁護士等に依頼して事前に公正証書案を用意する必要もありません。移行型で公正証書を作成する場合,公証役場に支払う手数料4万円余りだけで済みますので,それほど大きな経済的負担にはならないと思います。

 皆さんも,任意後見契約について考えてみてはいかがでしょうか。

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