① 予備校教材転売で違約金500万円を請求された事件 | 専門分野と弁護士費用の疑問に答えます
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① 予備校教材転売で違約金500万円を請求された事件

本件は,ある予備校(以下「本件予備校」という。)を経営するX社が,その元受講生であるYが同予備校教材(以下「本件教材」という。)をメルカリに出品して第三者に譲渡した行為について,同予備校規約(以下「本件規約」という。)に反するとして,Yに対し違約金500万円及びその遅延損害金の支払いを求めて訴え提起したという事案です。
 本件については,今後も繰り返し,他の予備校その他各種スクールとその受講生との間で,類型的に同種事案が多数発生する可能性がある(消費者事件の一類型)という点で,その裁判例は極めて大きな社会的意義を有すると思われます。同種事案に遭遇された方(受講生側・消費者側)は,是非とも,本件裁判例(特に「控訴理由書」の主張)を参考にしてください。

 1 本件事案の概要と特徴

本件特徴を端的に言えば,同種事案が多数発生して多数の被害者が出るおそれのある(又は現に多数の被害者が出ていた可能性のある)悪質商法事件(消費者事件)ではないかということです。
 すなわち,本件教材は,その辺で市販されているような陳腐なもので(英語,数学など一般的科目の過去問集その他テキストで,同業他社の同種市販品はせいぜい1冊あたり数百円ないし数千円程度のもの),しかも,受講期間終了後に本件予備校への返却義務が課されていたわけではありません。そのため,受講期間終了から約4年が経過して,Yが何の悪気もなく手元にあった本件教材をメルカリに出品したところ,Xが同教材に付されたシリアルナンバーによって出品者がYであることを突き止めて直ちにYに連絡をとったうえ,すかさず代理人弁護士を通じて,教材転売を禁止する本件規約(受講生らに周知されていない)違反を口実として,違約金500万円を請求してきました。

ここでXの手口が巧妙なのは,Yに対し違約金500万円を請求すると同時に80万円での和解を持ちかけて,Yが「泣き寝入り」するよう持ち込もうとしたことです。
 すなわち,違約金500万円請求の訴訟事件を弁護士に依頼した場合,多くの弁護士が採用する旧「日弁連報酬基準」に従えば,着手金は37万4000円(500万円×0.05+9万円に消費税加算),全部棄却(勝訴)判決を得たときの成功報酬は74万8000円(500万円×0.1+18万円に消費税加算)となり,総額で112万2000円の弁護士費用がかかることになります。そうすると,Yとしては,費用対効果を考えて,Xの言いなりに80万円で和解するほかないと考えても無理はありません。実際のところは不明ですが,Xから同じような請求を受けて泣く泣く示談金80万円で和解した受講生又は元受講生も少なくないのではないでしょうか。

 

 2 当事務所の対応と相手方弁護士の対応及び裁判所の判断

当事務所では,弁護士報酬として基本的に旧「日弁連報酬基準」を採用していますが,Yから本件の相談を受けた際,Yにとっての費用対効果を考えると本件に同報酬基準を適用するわけにはいかず,かといって,本件の悪質性及び社会正義(多数の同種事案発生を予防する必要性)の観点から本件を放置するわけにもいかないと思いました。
 そこで,当事務所の採算を度外視せざるを得ず,控訴審までを受任範囲として,その着手金を16万5000円(当事務所の訴訟事件最低基準額)としました。成功報酬についても,Xが和解金として提示した80万円を基準に同金額からの減額分を経済的利益としてその16%(全部勝訴の場合は14万0800円)と定めて本件を受任しました。なお,第一審判決(100万円認容判決)には仮執行宣言が付されたので,控訴にあたって強制執行停止決定申立てをしましたが,これも無償サービスでした。

本件訴訟でのX側の主張は全く説得力のないものでした。よく恥ずかしげもなく,こんな主張ができるものかと呆れるほどでした。
 たとえば,本件規約(教材転売禁止と違約金500万円)の合理性について,X側は,本件教材には「秘匿性の高い貴重な情報ないしノウハウ」なるものが掲載されており,同教材が第三者に譲渡されればXに莫大な損害(Xの試算によれば,なんと,少なくとも年間6968万7800円)が発生する旨主張していました。しかし,同主張は「風が吹けば桶屋が儲かる」のような仮定に仮定を重ねた論法であって,そのうえ論理的思考から外れて「ちょっと何を言っているのか分からない。」という感じでした。
 皆さんの中には「弁護士は論理的思考力に優れており,一般人では太刀打ちできない。」などと思う方も少なくないかもしれませんが,全くそんなことはありません。ごく普通の中学生にも論破されそうな主張も日常茶飯事です。詳細については「控訴理由書」をご覧ください。

ところが,こんなX側の主張(端的に言えば「子供騙し」レベルの虚偽主張)にもかかわらず,本件「第一審判決」は,本件の実態(悪質な消費者事件)を正しく把握せず,Xの違約金請求500万円のうち「100万円」を認容しました。
 同判決にも,事実誤認,論理性の欠如及び洞察力の低さなど多数の問題点がありました。端的に言えば,片手間で済ませたような,極めて「大雑把」で「雑」な判決理由です。裁判所の判断もこんなものです(もちろん素晴らしい判決もありますが,本件第一審判決のようなものも日常茶飯事です。)。詳細については「控訴理由書」をご覧ください。

これに対しYは控訴し,「控訴審判決」は,第一審判決を変更して,Xの違約金請求500万円のうち「5万円」を認容しました。
 当事務所としては,本件の実態は悪質な消費者事件であって,そもそも教材転売禁止自体及び違約金を課すこと自体が違法又は不当である(違約金の額の問題ではない)と考えており,控訴審判決にも納得してはいません。ただ,裁判実務の実情(上告審で結論が覆る可能性は極めて低いこと)に鑑みて,依頼者Y本人の意向に従って,上告又は上告受理申立てはせず,控訴審判決は確定しました。
 なお,Xの代表者(Z)は,なぜか,本件第一審判決が言い渡されたころに,Xの経営権を第三者に譲渡して代表者を辞任したようです。Zとしては,Xの代表者にとどまっていると,本件判決をきっかけに何か不都合な事態にでもなると考えたのでしょうか。実際のところは不明ですが。

 

 3 結局はサービスの質を左右するのは「誠実さ」です

以上のように,実際の裁判例について,その判決文(主文ではなく判決理由)や代理人弁護士の主張書面を読めば,多くの人々が,裁判官や弁護士も大した文章を書いていない(ごく普通の一般人から見ても,論理性が欠如し,社会常識に反していると思われる主張や判断も少なくない)ということを実感するのではないかと思います。
 ただ,それは,多くの裁判官や弁護士の論理的思考力,判断力又は洞察力が劣っているということを意味するわけではありません。「能力」の問題ではなく,「誠実さ」の問題ではないかと思います。「誠実さ」こそが,優れた文章作成ひいては質の高い法的サービスの根源ではないかと思います。

 

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