⑤ 会社内での従業員間トラブルと会社の使用者責任(和解) | 専門分野と弁護士費用の疑問に答えます
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⑤ 会社内での従業員間トラブルと会社の使用者責任(和解)

⑴ 本件のポイント

本件は,会社の従業員間トラブル(暴行・傷害,恐喝等)の被害者従業員が,加害者従業員及び会社(使用者)に対し連帯して総額1100万円の損害賠償を求めて訴えを提起したという事案です。
 当事務所の弁護士は,会社の訴訟代理人となり,本件では事業執行性及び会社の過失はなく,会社は損害賠償責任(使用者責任)を負わないと主張しました。しかし,会社の使用者責任(民法715条)は実際上無過失責任に近く,裁判所は,和解の席で,会社も使用者責任を免れないとの心証を示しました。裁判所が会社敗訴の心証を示した以上,会社としては,判決に持ち込むのは得策ではなく,できるだけ賠償額を抑えた和解に持ち込む必要がありました。
 和解の席では,紆余曲折を経て,賠償額は総額400万円まで引き下げられましたが,これ以上の減額は見込めませんでした。この場合,通常であれば,加害者従業員と会社が連帯して400万円の損害賠償義務を負うことになりますが,加害者従業員には支払能力がなかったので,実際上は,会社が400万円全額を支払わなければならなくなります。
 そこで,当事務所の弁護士は,和解の席で,加害者従業員の責任の重大性と会社の無過失を強く主張して,裁判所,被害者従業員の代理人弁護士及び加害者従業員の代理人弁護士を説得し,最終的には,加害者従業員と会社の連帯責任(不真正連帯債務)ではなく分割債務とし,「加害者従業員が総額300万円(月額5万円の60回払い),会社が総額100万円を支払う」との内容で和解を成立させました。

⑵ 本件の詳しい説明

① 本件を紹介事例として選んだ理由(いかに和解交渉に臨み,どのように裁判官や相手方を説得するか)

弁護士の重要な能力の一つとして,交渉能力があります。交渉能力は,訴訟前の交渉段階はもちろん,訴訟上でも和解を模索するときは重要になってきます。本件は,訴訟において,どのようなケースで和解を模索し(事件の見通しとその見極め方),できる限り有利な和解に持ち込むために,どのようにして裁判官や相手方を説得するのか(説得の材料と方法)を紹介するものです。
 皆さんも,この解決事例を参考として,ご自身の事件を依頼しようと思う弁護士に事件の見通しとその根拠(裏付けとなる資料)を尋ねて,どのような解決を図ろうと考えているのかを確認してみるといいでしょう。そうすることによって,依頼前にその弁護士の能力をある程度見極めることができますし,また,事件処理後に適切な解決が図られたのかを検証することもできるのではないかと思います。

② 事案の概要

本件事案の概要は,原告甲(相手方)の主張によると,次のとおりです。
 ある会社(乙2)の従業員(甲)は,上司である他の従業員(乙1)から長期間(1年数か月間)にわたって継続的に暴行を受けました。その間に,甲は,全治1か月の傷害を受け(乙1は同傷害につき傷害罪で起訴され執行猶予付の有罪判決を受けました),その他にも,顔面部の骨折(後遺障害14級相当),頭部出血等の傷害を受け,パソコン,携帯電話等を損壊され,計約300万円を恐喝されました。

甲は,乙1に対しては不法行為に基づく損害賠償として,乙2に対してはその使用者責任として,連帯して1100万円の支払いを求めて訴えを提起しました。当事務所の弁護士は乙2の訴訟代理人になりました(もちろん,甲,乙1にもそれぞれ代理人弁護士がつきました)。

③ 事件の見通し・方針と勝訴的和解

本件のような事案では,特に第一審裁判所は被害者救済を強く考える傾向にあります。
 会社の使用者責任(民法715条)は,被用者(従業員)が会社の「事業の執行について」行った行為によって他人に損害を与えた場合に,使用者(会社)が連帯して損害賠償責任を負うというもので,「事業の執行について」は極めて広く解釈されています。また,使用者責任は実際上無過失責任に近く,使用者(会社)が被用者(従業員)の指導監督について過失がなかったとして使用者責任を免れることは極めて難しいというのが実情です。
 このような事案では,たとえ使用者(会社)に過失がないと思われる場合であっても,判決になれば敗訴の(一定の損害賠償義務を負わされる)リスクが極めて高いといえます。

そこで,当事務所では,判決を回避して,できる限り依頼者(会社)に有利な和解を成立させるという方針で訴訟に臨みました。
 その結果,原告甲(相手方)の請求1100万円に対し,裁判所は「被告乙1(相被告:当方依頼者と対立する被告)と被告乙2(当方依頼者)が連帯して400万円の債務を負う」(乙1,乙2がそれぞれ独立して400万円全額の支払義務を負い,甲は各自に対し400万円全額の支払いを請求できる)という和解案を提案しました。さらに,最終的には「乙1は300万円,乙2は100万円の分割債務を負う」(乙2は100万円のみの支払義務を負う)というイレギュラーな形で,当方依頼者(会社)にとって有利な内容の和解を成立させました。

なぜ,このように有利な和解を成立させることができたのか,以下で具体的に説明します。

④ 事実・証拠関係から見た事件の見通しと方針

本件では,甲と乙1とは,もともと両者が乙2に就職する以前からの知り合いであり,乙1が先に乙2に就職し,その後,乙1の誘いで,甲が乙2に就職しました。乙1は乙2の一営業所の所長であり,甲はその営業所において乙1の下で勤務していました。
 甲が証拠として提出した刑事事件記録(関係者の供述調書等)によると,乙1は,その営業所の他の従業員に対しては一切の暴行その他侵害行為をしておらず,甲に対する暴行その他侵害行為も,必ずしも営業所内で行われたものではなく,営業所外かつ勤務時間外に,甲と乙1との私的な付き合いの中で行われた事実も見られました。
 このような事実関係からすると,乙1の甲に対する暴行その他侵害行為は,上司と部下との関係で「事業の執行について」行われたものではなく,私的な関係で行われたものであると考えられました。

甲は,乙2が乙1の使用者としての指導監督責任を果たしていなかった旨主張していました。しかし,乙2の代表者の話によると,彼は定期的(毎月1~2回)に各営業所を訪れて,経営状況,従業員の勤務状況を監督し,所長や従業員らとの個別面談なども実施していたということでした。
 また,甲は,乙1が甲に対し長期間(1年数か月間)にわたって秘密裏に継続的暴行を加えていた旨主張していました。しかし,乙2の代表者は,従業員らとの個別面談でもそのような報告を受けておらず,乙1の甲に対する暴行その他侵害行為は全く知り得ないところでした。仮に甲が乙1から長期間にわたって継続的に侵害行為を受けていたのであれば,その事実を乙2に申し出る機会も十分にあったはずですが,甲はそのような申し出を一切していませんでした。
 さらに,全治1か月の傷害については,乙1が有罪判決を受けていたため証拠上明らかでしたが,その他の損害(暴行・傷害,器物損壊,恐喝)については,必ずしも十分な証拠があるわけではありませんでした。乙1も器物損壊及び恐喝の事実を否定していました。
 以上の事実関係からすると,本来であれば,乙1の甲に対する侵害行為は「事業の執行について」行われたものではなく,また,乙2は監督義務を尽くしたものとして,乙2の使用者責任は否定されるべきであると思われます。仮に使用者責任を免れないとしても,甲の主張する損害額(1100万円)はあまりにも法外で,賠償額は極めて限定された金額に抑えられるべき事案であると思われました。

しかし,先ほど述べたとおり,使用者責任は事実上無過失責任に近く,会社が使用者責任を免れることは極めて困難です。そのため,当事務所としては,裁判所の対応を見て請求棄却が難しいようであれば,下記a~eのような過去の同種事案の裁判例を踏まえ,乙2の賠償額を大幅に抑えた和解に持ち込むという方針を立てました。

  1. 神戸地裁姫路支部平成23年3月11日判決(労働判例1024号5頁)
    • 使用者責任を否定した事案
  2. 東京地裁平成17年5月23日判決
    • 使用者責任を否定した事案
  3. 大阪高裁昭和63年6月29日判決(判例タイムズ672号267頁,判例時報1289号58頁)
    • 大学の学生が他の学生から集団暴行を受け死亡した件につき,被害者学生が大学に被害申告しなかったことが被害拡大につながったとして,大学の責任について4割の過失相殺を認めた事案
  4. 名古屋地裁平成16年7月30日判決
    • 会社の従業員が他の従業員に対し6~7か月間にわたって継続的に暴行を加え,頭部打撲・両足打撲等により加療10日間,左胸部挫傷により2~3週間の安静通院,ストレス性胃潰瘍の診断を受けた件につき,100万円の慰謝料を認めた事案
  5. 千葉地裁平成6年1月26日判決(判例タイムズ839号260頁ほか)
    • 会社の従業員が他の従業員に対し7か月間にわたって継続的な暴行,嫌がらせなどを行い,1か月間の入院及び半月間の自宅療養を要する傷害のほか,全治2週間を要する大腿部打撲血腫,全治1週間を要する打撲等,全治2週間を要する右大腿部等の傷害を負った件につき,暴行行為に対する慰謝料として200万円を認めた事案

⑤ 裁判所の態度と和解による解決

裁判所は,当初から和解を強く勧め,和解期日では,甲(原告)が和解額として400万円を提示しているとしたうえで,判決になれば,乙2(当方)は使用者責任を免れず,甲が提案した400万円程度の賠償額は認容する旨の心証を示しました。和解期日では,原告・被告が個別に(相手方が席を外して)裁判官と話し合うので,甲が初めから和解額として400万円を提示したのかは不明です。しかし,甲の主張(乙1に恐喝された被害額だけでも約300万円,顔面部の骨折による後遺障害14級相当慰謝料だけでも110万円)や裁判官の話しぶりからすると,おそらく最初は400万円を大幅に超える金額を提示し,裁判官に説得されて400万円に落ち着いたのではないかと思われます。
 裁判官としては,甲(原告)が主張する損害のうち,証拠(刑事裁判での有罪判決)上明らかな全治1か月の傷害による損害(損害額不明)のほか,少なくとも,恐喝による損害計約300万円と顔面部の骨折による後遺障害14級相当の慰謝料110万円(併せて合計約410万円)は認定できると考えて,和解額として400万円を提示したのではないかと思われます。仮にそうであれば,和解が決裂して判決になっていれば400万円超の請求が認容されていた可能性が高いといえます。

このような和解案の提示に対し,乙1(相被告)は,支払能力がないとして,総額100万円(月額2万円の50回払い)を提示しました。乙2(当方)は,本件は甲と乙1との私的紛争であって乙2が使用者責任を負うべき事案でないとの基本姿勢を示し,この時点では,具体的和解案を提示せずに和解期日を終えました。

その和解期日後,当事務所は,依頼者(乙2)に対し,裁判所の態度・心証等を伝え,本件が極めて厳しい事案である(和解による解決が無難である)ことを説明しました。一方で,過去の同種事案の裁判例等の資料を示して勝訴(第一審で敗訴したとしても控訴審で請求棄却ないし賠償額を引き下げる)の余地がないわけではないことを説明し,依頼者が望むのであれば,勝訴判決を獲得するために全力で戦う旨伝えました。そのうえで,判決,和解いずれの方針で進めるかについては依頼者の判断に委ねたところ,依頼者は和解の方針で進めることを希望されたので,できる限り賠償額を抑えた和解に持ち込むことに全力を注ぎました。

その後の和解期日でも,甲は少なくとも賠償額400万円を強く主張し,裁判所も400万円での和解を強く勧め,これを下回る金額での和解はあり得ないような対応でした。そのため,これ以上の減額は期待できませんでした。一方で,甲の主張する損害額(特に恐喝による被害額約300万円,顔面部の骨折による後遺障害14級相当慰謝料110万円)については,必ずしも十分な証拠が提出されていたわけではありません。当事務所は,裁判官が代われば(控訴審になれば),判決になっても損害額が400万円を下回る可能性は十分にあると判断し,400万円で和解するわけにはいかないと考えました。

そこで,裁判所には,過去の同種事案の裁判例を示すなどして和解額400万円が不当に高額である旨訴え,相被告(乙1)代理人には,本件賠償責任は本来的に乙1が負うべきものであると伝え,総額400万円を乙1,乙2の不真正連帯債務ではなく分割債務として,乙1が300万円,乙2が100万円を負担するという提案をしました。

このような和解案はイレギュラーであり,甲からすれば,乙1の支払能力を考えると,総額400万円全額を回収するのは困難である(100万円しか回収できない可能性が高い)ことから,簡単には受け入れ難い提案であったと思います。しかし,当事務所の弁護士(乙2の代理人)としては,甲の主張を裏付ける証拠が乏しいことを強調し,裁判官にはその旨を甲の代理人弁護士に伝えて説得するよう求め,相被告(乙1)の代理人弁護士にも乙1の責任の重大性を強調して,この提案に応じるよう求めました。

その結果,最終的には,乙1が総額300万円(月額5万円の60回払い),乙2が総額100万円(一括払い)の支払義務(分割債務)を負うという内容で,和解が成立しました。依頼者(乙2)には,この結果に満足していただきました。

 

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