弁護士費用(着手金・報酬)に関する依頼者への配慮 | 専門分野と弁護士費用の疑問に答えます
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弁護士費用(着手金・報酬)に関する依頼者への配慮

皆さんの中には,「弁護士ともあろう者が委任契約上で定められた着手金や報酬を請求しないことなどあろうはずがない。依頼者が着手金や報酬を支払わなければ,厳しく取り立て,法的措置も辞さない。」と思っている方も少なくないのではないでしょうか。さらに,「場合によっては,法的技術を駆使して,依頼者をやり込めて,不当に高額な請求をしてくるのではないか。」と不安に思っている方もいるかもしれません。
 もちろん,依頼者と弁護士との間の委任契約上の着手金や報酬について,弁護士は,契約の定めに従って依頼者に請求することができ,依頼者がこれを支払わない場合には法的措置をとることも可能です。ただ,弁護士が依頼者と揉める(さらには法的紛争になる)というのは,気分が悪く,品も良くないので,たとえ依頼者が着手金や報酬の支払いを免れようとしたとしても,弁護士は,できる限り依頼者とのトラブルを回避しようとし,よほどのことがない限り法的紛争にまで持ち込むようなことはしないと思います。
 また,委任当初から依頼者が経済的に厳しいときは,着手金の分割払いや後払いで受任することがあるのはもちろん,委任事務処理の途中で依頼者が事情変更により着手金や報酬の支払いが厳しくなったときは,その支払いを猶予したり免除したりすることもあります。だからといって,事件処理で手を抜くこともありません。とにかく,多くの弁護士は,依頼者に対し無理を強いたり経済的に追い込んだりするようなことはしないのではないでしょうか。

参考のために,私が過去に受任した事例をいくつかご紹介します。

1.交通事故で妻が受傷,夫からの依頼で受任,その後に夫婦が離婚して,着手金がもらえない

この事件では,妻(A)が交通事故で重傷を負ったということで,その夫(B)が妻に代わって事件を依頼してきました。彼らの自動車保険には弁護士費用特約が付いていなかったので,Bが弁護士費用(着手金・報酬)を支払うということで,Bとの間で委任契約を締結しました。ただ,Bは経済的に厳しいとのことでしたので,着手金は後払いにしました。交通事故の場合には,相手方(加害者)が任意保険に入っている限り,一定の賠償金をとれることはほぼ確実ですので,着手金を後払いとしても,一般的にはそれほどリスクはありません。
 本件は,脳機能障害,眼障害,末梢神経障害など複数の後遺障害の可能性がある一方で,Aには後遺障害認定に不利に働く可能性のある既往症もあり,また,通院期間,症状固定時期,基礎収入,被害者側の過失割合などでも保険会社側の主張と大きな隔たりがあるなど,多数の争点があって,なかなか難しく手間のかかる事案でした。そのうえ,Bは,かなり重い等級の後遺障害認定を求める一方で,診断書その他資料の収集や事実関係の確認にもあまり協力的ではなかったため,余計な手間までかかってしまいました。ただ,ここまでは,他の交通事故事案でも想定されることなので,特に問題視するつもりはありません。
 問題は,事件処理の途中で,AとBが不仲になって調停を経て離婚してしまったということです。しかも,私は事件処理や経過報告に関して基本的にBと連絡を取っていたのですが,Bは,離婚調停を開始したことのみならず,その後しばらくの間も調停中であることを私に隠していました。離婚調停は短期間で終結したようですが,私は,離婚成立間際になって,Aに直接連絡を取ろうとして初めて離婚の事実を知りました。AとBが離婚した以上,私は,Aの交通事故についてBと委任契約を締結したまま事件処理をすることはできません。そこで,Bとの委任契約は解消しましたが,Aのための委任事務である以上,Aと離婚したBから着手金をもらうわけにはいきません。
 他方,改めてAと委任契約を締結してAから着手金をもらうことは問題ないかもしれません。しかし,2人が離婚した時点では,保険会社からの治療費支払いは打ち切られており,Bが治療費を支払っていたため,BはAに対し保険会社から支払われる予定の賠償金で治療費その他諸費用を支払えと言い,Aはこれを支払わないと言って揉めており,Bは私に対し保険会社から賠償金が支払われたときにその一部をBに回してほしいと言ってきました。しかし,Aに支払われるべき賠償金をAの了解なくBに支払うことはできません。ただ,私が預り金口座で賠償金を預かって,その中から着手金を受領しておきながら,Bには支払わないというのでは,Bも不満を抱くのではないかと思われました。また,Aとしても,もともと自分の意思で締結したわけでもない委任契約を引き継ぐというのでは不満を抱くのではないかと思われました。こうなってくると,Aと有償の委任契約を締結したり,賠償金を預り金口座で預かったりするというのも煩わしいので,一切の着手金・報酬を受け取らないことにし,賠償金も預り金口座ではなく,保険会社からAの口座に直接支払ってもらうことにしました。
 もちろん,だからといって途中で事件処理を投げ出すわけにはいきませんし,一切報酬を受け取らないからといって手を抜くわけにもいきません。そのため,無報酬ながら,その後も事件処理を継続し,最初の後遺障害認定結果は,当初想定していたよりもはるかに低い等級であったため異議申立てをし,苦労を重ねて何とか等級の1級アップを獲得することができました。また,通院期間,基礎収入,その他損害算定の基礎となる事情についても保険会社側との交渉を重ね,何とかAに満足してもらえる結果を得ました。

この事件は極めて稀なケースですが,すべての事件に共通していえることは,「弁護士としては,依頼者にきちんと納得してもらって,気持ちよく着手金や報酬を払ってもらいたい。」ということです。

2.訴訟上の和解間際の解任

偶に聞くのが「訴訟上の和解間際の解任」です。私もわずかながら経験があります。
 弁護士は,訴訟になれば基本的に勝訴判決に向けて全力で主張立証しますが,必ずしも判決を求めるわけではなく,事案によっては敗訴のリスクも考えて,依頼者の利益のために和解をすることも少なくありません。特に,敗訴の可能性の高い事案では,何とか妥協点を探って和解を成立させようと努めます。
 ただ,和解を目指すからといって全く主張立証しなくていいというわけではありません。裁判所としても,それまでの当事者双方の主張立証を見て落とし所を探りますから,和解の話合いに入るまでにできる限りの主張立証をして,裁判所の心証をこちらに引き寄せておく必要があります。したがって,和解にも結構な時間と労力を要します。
 そのようにして,仮に判決になれば敗訴の可能性の高い事案であっても,依頼者にとって一定の利益になる和解案を引き出せればしめたものです。和解交渉は一種の心理ゲームですから,交渉のやり方次第では相手方が必要以上に弱気になって,予想外に大きな利益が得られる場合もあります。ただ,闇雲にこちらの要求ばかり通そうとしても,和解決裂となっては元も子もないので,どこでどのようなカードを切るのかは難しいところです。
 弁護士としては,いろいろなパターン,相手の出方を想定して,臨機応変に対応しなければなりませんが,その過程を事細かに依頼者に説明することもできません。しかし,ある程度は事前に依頼者に説明をして,特に「どこまで妥協していいのか」という最下限の妥協ラインだけは確認しておく必要があります。ただ,ここで難しいのは,依頼者に最下限の妥協ラインを示してその了解を得ようとすると,弱気になっているかのような誤解を与えてしまうということです。弁護士としては,別に最初から「最下限の妥協ライン」で和解しようとは思っておらず,その説明もするのですが,依頼者の中にはこれが理解できない人も少なくありません。また,当然ながら相手方が納得しなければ和解は成立せず,相手方もバカではありませんから,相手方も納得できるような妥協点を探らなければなりませんが,つい欲張って和解を決裂させるような要求をする依頼者もいます。
 弁護士としては,その点は依頼者に苦言を呈してでも説得することが依頼者の利益になると思って説明するのですが,説得に苦労することも少なくありません。判決の場合には,依頼者に有利な主張立証を一方的にすればいいだけですから,依頼者との衝突はなく,その意味では判決のほうが精神的には楽です。
 もちろん,弁護士の判断が誤っていると思われるときは,その点を指摘してもらえば,その判断の正当性や妥当性をきちんと説明し,実際にその判断が誤っていればこれを訂正します。さらに,どうしても依頼者が納得しなければ,最後は依頼者の意向に従います。しかし,弁護士が厳しい見通しを示したり譲歩の必要性を説いたりした時点で怒ったり機嫌を損ねたりして,弁護士を解任してしまう依頼者も偶にいます。苦労してやっとのことで依頼者にとって有益な和解を目前にして解任されるというのは虚しいものですが,弁護士を解任するかどうかは依頼者の自由です。「泣く子と地頭には勝てぬ」といったところです。このような「訴訟上の和解間際の解任」は,順調に進んでいた交渉の流れを変えることもあり,裁判所への印象も悪くなって,依頼者にとっても不利益なので,レアケースですが,全くないわけではありません。
 この場合,ほぼ事件解決に近い結果を得ており,弁護士には何の落ち度もありませんから,一定の成功報酬が発生するとしてもいいと思います。ただ,最終的解決には至っておらず,その後の依頼者の態度次第で「和解決裂してその後に敗訴」ということもあり得ますから,弁護士としてはなかなか成功報酬を請求しづらいと思います(「和解決裂してその後に敗訴」は,解任された弁護士の責任ではありませんが)。私も,確信犯的で悪質な依頼者(当初から仕事をやらせるだけやらせたうえで成功報酬を免れる意図で解任のタイミングを計っていた場合)でない限り,成功報酬を請求しようとは思いません。
 こんなとき,「着手金無料」や「完全成功報酬制」の弁護士はどうするのでしょうか。文字どおり理解すると,多大な時間と労力を費やして1円も得られない(着手金すら得られない)ということになると思うのですが,どうなのでしょうか。

依頼者と弁護士との関係は,お互いの信頼の上に成り立っています。双方が相手の立場に配慮して誠実に対応するということが大切ではないかと思います。

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